ありふれた話とその先のこと

40代既婚者のストリートナンパ

春探し

 

 

「2年間お世話になりました」

 

「こちらこそありがとう」

 

他人行儀でどこかよそよそしい挨拶。

無理もない、ここ数ヶ月でまともな会話は仕事関係を除いてほとんどしていない。

 

「お元気で」

 

「君も」

 

「もうだめですよ」

 

「うん」

 

拍子抜けするようなあっけない別れ。いや、むしろ始まってすらいない。

 

意味のない後悔の繰り返しと、どうしようもなく不甲斐ない自分への怒り。この無限ループから抜け出す方法は?

 

桜の咲く頃、頭に浮かんだあまりにも馬鹿げた考えに途方に暮れながら、君の小さな背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬、自分を街へ駆り立てていたのは怒りだったのかも。弱い自分への怒り。費やしている労力と時間に対して圧倒的に結果が足りない。

再度発令された緊急事態宣言で減った人は別に気にはならず、自分的にはむしろ声掛けやすいぐらい。真冬の寒さも暑がりな自分にはむしろ都合がよくて苦になることはなかった。

 

ただこの間、全く結果が出なかったわけじゃないけど、感覚としては全敗している気分。どこかが何かが足りない。限られた時間、条件の中でも勝てる強さが欲しかった。現実社会ではすぐに逃げてしまう弱い自分に勝てる強さ。赤く染まったビルの下、謎の義務感のようなものに駆り立てられて声を掛け続けた。

 

 

「帰るんで大丈夫です」

 

「遊びたいんなら他あたって」

 

「月曜日から元気ですね」

 

「おじさんは無理、諦めて」

 

・・・いきなり無言の中段パンチ

 

やっぱり冬の反応は厳しい・・・

 

一方でTwitterから流れてくるネトナン直ホみたいな即報を目にする度に心が少し揺らいだ。仲間と呼べるような人達との繋がりが無かったらとっくに折れていたかも。

出ればほぼ即れるという領域に達していない限り、ストリートナンパは他の手段に比べて極端に効率の悪いものになる。しかしそこに達している人はごく一握り。同年代だと数えるほどしかいないんじゃないか?

 

最初のモチベーションが高い数ヶ月間、いわば熱病のような期間を過ぎると、その事実に気づいた人達は当たり前のように辞めていく。誰もが凄腕になれる訳じゃないし、同年代だと1即すらままならない人が多いのも現実。

 

 

冬のイルミネーションがいつの間にか終わり、コロナで盛り上がりに欠けたバレンタインもあっという間に過ぎて行った。歳を重ねるほどに季節は驚くほどの早さで駆け抜ける。

 

 

この冬も多くのナンパ師が様々な理由で去って行った。いつまでもこんな事やってる方がおかしいんだからそれは普通のこと。ストを継続するということは途方もない人生のリソースを犠牲にする事になる。当たり前にナンパ以外の生活のクオリティは下がるし、リスクも負う。こんな馬鹿なことは辞めて他の事をした方がいいと思うようになるのはよく理解できる。

 

でもここに意味は無いのか?これはただの空虚な無駄なのか?

 

少なくともこんなことができるのは今だけ。金儲けも他の趣味ももっと歳とってからでもできるけど、ストリートナンパをするにはは今でも遅いぐらい。マッチングアプリが台頭し、女の子の貞操観念は過去にないぐらい低くなっているらしい。そんな時代にストリート至上主義とかでは全然ないけど、自分が路上で探しているのは単なるSEXじゃないことは確か。

 

 

 

冬が春になりかけたころ、何かを変えたくて、ある人に講習をお願いした。ちゃんとした講習を受けるのは初めて。その人は一度会ったことがある正真正銘の本物で全てが規格外。教えてもらった詳細はもちろん書けないけど、本物の強さを体感できたし、その日から明らかに自分の意識が変わった気がする。文字情報だけでは伝わらないものがリアルには絶対に存在する。

 

 

 

ただその後もなかなか上手くいかない。惜しいところでの取りこぼしも多かった。

 

「今日は生理だから今度ね」

 

「一回目では抱かれない主義なの」

 

「もう遊ぶの辞めた」

 

「付き合う前にする意味って何?」

 

「結局ただのヤリモクやん」

 

やっぱりナンパって難しい・・・

 

そもそもすぐに変われるほど自分は器用でも若くもない。理想と現実のギャップに少しイライラしていた。

 

 

 

 

 

そんなある日、彼女と出会った。ちょうど桜が満開になる頃。

運命とか偶然なんかじゃ全然なくて、自分が怖い目をして探し続けてただけ。見つけた瞬間にピンときたからすぐにターンして声掛け。上手い人は一歩目が異常に早いのを自分は知っている。

 

 

「春っぽいですね」

 

「えっ?」

 

「いやー春っぽい、お姉さんの服装」

 

「ふふ」

 

「白とネイビーの着こなしが凄く春っぽくていいですね、俺と全く一緒のコーデ笑」

 

「確かに一緒!、靴まで同じ色笑」

 

彼女は見たところ20代前半。白のブラウスとネイビーのスカート。よく考えたら別に春っぽくもなんともないけど、身に纏う雰囲気に春を感じた。

 

「何してたの?仕事帰り?」

 

「友達とご飯行ってた、まだ働いてないから!」

 

「俺は仕事帰りのただのサラリーマンだけど、学生?」

 

「そう大学生、まだ二十歳!」

 

「何だ、ただの小娘か笑」

 

「声掛けてきといて小娘とか失礼にも程がある笑」

 

「確かに失礼やな笑、でも俺と乾杯だけしてから帰った方が今日を幸せに締めくくれるみたい」

 

「何それ笑、でもこういうのについて行っても後悔したことしかない笑」

 

「後悔ってそれやってしまってるやつやん笑笑」

 

「だから今日は帰る!」

 

「イケメン風サラリーマンに声掛けられたのに遊ばない方が後悔するらしい」

 

「自分で言うとか頭おかしい笑」

 

何だかんだ言いながら彼女の足は止まっているし、身体の距離も近い。ジュースだけでもいいからとか、早くしないと自販機すら割り勘になるで、とか適当なことを話し続けた。彼女は少しお酒を飲んでいて何を言ってもケタケタ楽しそうに笑っている。

 

そこから意識したのはあの規格外の強さ。言葉では表現できないけど、強さは強引さとは違うし、ちゃんと使うところを見極める目がいる。そして今は慎重さを捨てる時。

 

 

「え、もう腕組むの?さすがにこの早さは初めてかも笑」

 

「大丈夫、俺なら間違いない、絶対後悔させないから付いてきて」

 

「ちょっとだけカッコ良いこと言いながら人の胸触るの辞めて貰っていいですか?笑」

 

「これは死んだ祖父の遺言で仕方ないんだ、すまない」

 

「変態一家かよ笑笑」

 

 

適当なことをしゃべり続けてそのままホテルへ誘導。当たりが強めの彼女に何を言われても動じないフリをしてたけど、内心はこれまでの破綻が頭をよぎってヒヤヒヤ。

でも彼女は口ほどには嫌がってないのが身体から伝わってきた。女の子の言葉じゃなくて行動を見ろとよく言われるけど、触れた身体から伝わってくる感覚や感情みたいなものが一番信用できる気がする。

 

 

 

 

 

部屋に入ると何のグダもなくキス。

 

これまでの苦労が何だったのか分からないぐらい拍子抜けするような即だった。

 

 

 

別に技術とかじゃなくて単にタイミングが良かっただけのこと。

でも1年前の自分にはできなかったはず。

声を掛け続けないと拾えないし、試行錯誤せずに楽な道に逃げてたら絶対に逃してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっとこのまま繋がってられたらいいのにね」

 

事後、ベッドの端で急にしおらしくなる彼女、さっきまでの強がりと明るさが消えていた。

 

「後悔してる?」

 

「ううん、後悔はしてないけど、離れるのがちょっと寂しいかな」

 

「じゃあ後もう少しだけこのままいよう」

 

「本当はね、私大学生じゃない。高校卒業して働いてたけど、周りの友達が楽しそうに大学行ってるの羨ましかったし、お母さんと同じ仕事がしたいって思って仕事辞めた。4月から予備校に行くんだよね」

 

「すごいやん、そういう決断できて行動できる子いいと思う、俺にはそんな決断できないからシンプルに尊敬したわ」

 

「でも私頭悪いから不安」

 

「しんどくても結果が出なくても努力だけは自分を裏切らないから。もし受験が上手く行かなかったとしても努力した自分は後で財産になる。全部は繋がってて人生で無駄な経験なんて一つもないと思う、だから頑張れ。まあ俺に付いてきたぐらいだから絶対受かると思うけどな笑」

 

「ちゃんとまともなことも言えんだね、何かありがとう笑笑」

 

 

ちょっと照れくさそうに、でも素直に笑う彼女。

そう、自分はずっとこの顔を探しているのかも。

やってることはゲスでしかないけど、なぜか心が繋がって洗われる瞬間がある。彼女にとっても今日のことがプラスになったらいいなあ、なんて勝手なことを考えながら彼女の頭を撫でた。

 

こちらこそありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、もうちょっとおっぱいあったら完璧だったのに、残念すぎる」

 

「は?さっきまで散々揉んでたくせに!」

 

「せっかくだからもう一回しとこう」

 

「死ねよ変態オヤジ!!笑」

 

 

 

また彼女のケタケタ笑う明るい声が部屋に響いて、それをキスで塞いだ。

そう言えばさっきまでオレ何に怒ってたんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、君のことを思い出さなくなってきたよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりの時はいつか必ず来る。でもまだやり切ってない。弱い自分から逃げたくないし、もっと強く、上手くなりたい。例えそれが意味のない空虚だったとしても、無駄なんかじゃないはず。いや無駄だからこそやる価値がある。

 

過去と今の自分を否定したりせず、のめり込み過ぎないように、でも真摯に全力で、決して交わることのない二つの人生を歩む。

他人は関係ない、これは自分との約束。

 

 

優しげに吹く風。

見上げれば頭上に咲いた春。

今日のことさえすぐに過去になってしまうけれど、花のように名残る出会いと別れを後もう少しだけ。