ありふれた話とその先のこと

40代既婚者のストリートナンパ

PINK SMILE

 

 


「同期の女の子達がSさんとまたご飯行きたいって言ってるんです。一緒に行きませんか?」

 

「先月も行ったばっかりやん」

 

「内装が白っぽいおしゃれなお店見つけたんです、奥さんとのデートにも使えますよ」

 

「女子会におっさん連れて行って何が面白いの?」


「Sさんの話面白いってみんな言ってますよ、仕事してるときと全然違うって。来週でいいですよね?」


「俺は君らのATM違うんやけど…」


「あ、バレました?笑」


「どうせならもうちょっと上手に騙して欲しい」


「ふふ、それにみんなSさんに仕事教えて貰ってる私のこと羨ましいらしいです笑」

 

「はいはい、分かりましたよ」


「本当に良い人ですよね笑笑」

 

「笑いすぎ」

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低、騙された。何もしないって言ったじゃないですか。」

 


あれ、そんなに無茶をしたつもりは無かったけど、もしかしてこれ捕まるやつ?確かに何もしないからアイス買ってホテルで食べようとは言ったかも…。

でも見下ろしている彼女は、いつものように不器用な感じだけど、ちゃんと笑っているから大丈夫な気がした。

 


「騙したつもりはあんまりないんだけど、そんなに嫌?」


「嫌というかちょっと痛い。それに今日は本当にそんなつもりじゃなかったのに。」


「ごめん、でも目の前にいい女がいたら抱きたくなるもんだし。」


「本当に最低!それに初体験がこれって私やばくないですか?」


「何事にも初めてってあるから。」


「答えになってない笑。とにかくもうバイト遅れそうだし、服着たいんで離れて貰ってもいいですか?」

 


平日昼間のホテルの一室。 テーブルの上溶けかけのアイス。ソファーに置かれたぬいぐるみ付きリュック。 ベッド周りに脱ぎ捨てられた服。そして裸の女の子とおじさん。それは一見すると午後のパパ活光景。

 

でも彼女との出会いは、その一ヶ月前の路上。その日は2時間ほどナンパをしたけど、大した成果もないまま帰ろうとしていた時。

前から黒っぽい服を着た典型的な「ぴえん系」の女の子が歩いて来るのが見えた。 彼女らはパパ活や風俗に手を出している場合が多い。そして声を掛けても反応がすこぶる悪く、ガンシカか罵声を浴びせてくる場合がほとんど。 この時も全く期待せず、前から少し手を振りながら声をかけてみた。

 


「ちょっと、待って待って、めっちゃ可愛い!」


「え、そうですか、ありがとうございます笑」

 


予想外のオープン&ビタ止め。顔はアイドル系、最初から距離も近く、笑っている。でも笑顔がどこか不自然な感じがした。無理をして笑っている感じ。

 

 

「ほんとに可愛い、そのリュックのぬいぐるみ笑」


「あ、こっち?笑」


「でもお姉さんもよく見たらぴえん系で可愛いね。それにしても今日のパパはしつこくて困ったよなー。」


「えっ、なんでパパ活帰りって分かるんですか?確かに今日の人には疲れたけど。」

 

「何となく笑。とにかく俺も疲れてるから、ちょっとだけ一緒に休憩しよ。」

 

「えっ、どこに行くんですか?本気で言ってる?」

 

「もちろん本気。どっか座れるとこ。ほら行こ!」

 


パパ活女子と言う属性と時間帯、それに押しに弱そうな印象から、破綻覚悟で直個室狙いを選択した。どうせ準即に回しても死番するだけだし。

そして出会って1分後に彼女の手をとって歩き出した。 彼女はびっくりした様子ながらも拒否はしなかった。

 


「てか、お兄さん誰なんですか、怪しい。」


「仕事帰りのただのサラリーマンだよ。パパといるよりは楽しいと思うし、ちょっと下心ある程度だから安心して。」


「ええー、やっぱり怖いし明日もバイトあるから帰る。」

 


結局連れ出しは破綻。
でも何とか会話で盛り返してLGで解散することに。最低の出会い方なので、次に繋がるとは全然思っていなかった。ただ彼女のどこか不器用な笑顔が少し気になった。

 


ところが予想に反してLINEは繋がった。
彼女は20歳の大学生、実家暮らし。昼は学校とバイトしながら夜はパパ活をしている。男性経験がないこと、パパ活はご飯だけで大人はしていないなど、お互いのことを途切れ途切れにやりとりしていった。

そして1ヶ月後、昼間にカフェで2時間だけならという条件で、ようやくアポを取り付けた。

 

 


アポ当日


彼女の家に近いターミナル駅で待ち合わせて、目的のカフェに入った。そこで彼女は警戒しながらも、少しずつ自分のことを話してくれた。

昔いじめられていたこと。自分の容姿と内面に劣等感があること。家族と上手くいっていないこと。友達がいないこと。男やSEXに興味がないこと。いつ死んでもいいと思っていること。彼女は自己肯定感が低く自分に自信が持てない女の子だった。

 


「昔、いじめられてるときに顔が変って言われて、それからちゃんと笑えなくなったんですよね。だから自分の顔を変えたくて整形するためにお金を貯めてます。ホストに嵌まってるわけじゃないですよ。」

 


本当のことを話しているのかどうか、この時はちょっと疑ってた。
とにかく楽しい雰囲気を続けることに集中し、少しだけ彼女のガードが緩んだ気がしたところで、すぐにカフェを退店した。

どこへ行くんですかと聞く彼女に、まあまあ二人でアイスでも食べようといいながら、コンビニでアイスを買ってホテルへ誘導した。我ながらちょっと強引だったと思う。

 


「イヤ、すぐにバイト行かないとだめだし。それに顔が全然タイプじゃない。」

 

「何もしないって、とりあえず中に入ろう。せっかくアイス買ったし。」

 

「アイス食べるだけですよ。絶対何もしないから。」

 


でも本当に嫌がっていたら付いてこないはず。 全然外見が刺さってなかったので、室内では彼女が本当に嫌がっていないのを確認しながら慎重に進めた。そしてタイミングを見て引き寄せてから何とか準即を果たした。

途中で終わった不完全なSEXになったけど。


そして冒頭のやりとりへ。
時間が無くすぐにホテルを出て彼女を駅まで送り届けた。

 


「今日はありがとう。バイトと整形頑張って。今でも十分可愛いけどな。」


「最初はただのヤリモクだと思ってたけど、話してたら案外まともな人で意外でした。よかったら次もタダで会ってあげますよ笑」


「え、また会ってくれるの?いいよ、またね。」


彼女はようやくちょっとだけ心を許してくれたようだった。ただ改札の向こうで振り返った彼女は、まだあの不器用な笑顔のままだった。

 


その後、自分も彼女も忙しくてスケジュールが中々合わず、そのうちLINEは途絶えた。そしてもう会うことはないかもと思った頃、彼女から「会いませんか」との連絡が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、待ち合わせ場所に彼女は全身ピンクの可愛らしい服装でやってきた。遠目からも明らかに目立っていて、こちらへ歩いて来るまでに男から声を掛けられていた。

でも彼女は男を完全に無視して真っ直ぐこちらへ歩いてきてくれた。

 


「久しぶり、元気にしてた?」

 

「いえ、いろいろあって死にそうでした。」

 

「だからそういうこと言うなって。」

 

「はい・・・、あの・・・見てわかります?嫌ですか?」

 


そう言うと彼女はマスクをとった。

あれ、こんなに可愛かったっけ??

不覚にもたじろいでしまう自分。周囲からの視線がちょっと痛い。

 


「いや・・・凄くいいと思う。とりあえず行こう。」

 


動揺を隠すために前を向き、予約している店へ向かった。

 

 

 


「前よりずっと可愛くなった。アイドルにもなれるって。」


「顔はこれで全部終わり。ダウンタイムだったから会えなかった。辛かったけど自分でもよくなったと思う。」

 

 

テーブルの上の料理に手を付けるのもそこそこ、2人は話に夢中だった。

 


「うん、怖いのによく頑張ったな。」


「でも、今まで整形のために頑張ってきてそれが終わって、やっとスタートラインに立てたはずなのに、次に何をしていいかわからない。やっぱり私には価値なんてない。顔を変えても結局自信なんて持てなかった。」


「いや可愛い、どうみても可愛い、絶対可愛い。だから自信持っていいよ。」

 

「いつも適当ですね笑。トサさんは私が整形とかパパ活してることに偏見ないんですか?どうせヤリモクだから?」

 

彼女は真っ直ぐこちらを見ている。


「全然ない。整形って顔とか見た目を変えることだけど、顔よりも心を変えることに意味があると思ってる。見た目が変わったら気持ちが前向きになれるでしょ?そのために嫌な思いしながらパパ活もやってきたはず。そこまでできる女の子は中々いないって。だから自分に価値が無いなんて言うな。」


「整形のこと良く思ってないみたいで両親とも上手く行ってない。私お母さんとハグするのが好きだったんだけど、お金のためにパパ活してると思うとちゃんとハグできなくなった。」


「親はどんな時も何があっても子どもの味方だよ。少なくとも自分に子どもがいたら絶対そうする。」

 

ちょっとだけ胸が痛んだ。


「そうなのかな。あの、、、トサさんは私をもう一度抱きたいですか?抱きたいなら、何もしないからホテル行こうとかじゃなくてちゃんと言って欲しい。でも良くないことですよね。それに私たちはどういう関係なんだろう。」


「関係性に名前をつける必要なんてないと思う。良い悪いの価値も含めて世の中の常識なん てそのときどきで都合良く作られてるだけ。今度この人に会いたいと思っても、次なんて無いかもしれないし、その時々の気持ちに正直に生きないと後で後悔する。少なくとも俺はそう思ってる。」


「言ってること全然分からないですけど、トサさんって悪い人ではないですよね。なぜか何でも話してしまう、タイプじゃないのに笑」


「笑いすぎ笑。とにかく俺はヤリモクの悪い男だよ。だから最後にちゃんとあなたを抱かせてください、よろしくお願いします。」


「最後か・・・特別にいいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今度は時間があったからピンクの服を大事に脱がせて、彼女の真っ白な体を丁寧にゆっくりと抱いた。彼女は少し安心したような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「あーあ、彼氏でもない人とまたしちゃった。まだ男の人とちゃんとデートもしたことないのに、この前まで処女だったのに!何でこんなことになったんだろう。」

 


事後の彼女のちょっと照れたような、寂しいような声。

後悔してるとかではないけど、このまま帰してはいけない気がした。

 


「今からデートしよっか。」


「えっ、今から?何するんですか?」


「まあいいから付いてきて。」

 


驚く彼女に急いで服を着させて街へ出た。風が少し肌寒い。

 


「はい、恋人っぽくちゃんと腕を組んで!その微妙な距離感だとパパ活に見える。それからもっと笑って笑って。無理矢理でもいいから。それでそこらの人に見せつけて行こ。」


「何なんですかこれ笑」

 


くだらない冗談を言い合いながら、これまでの二人の関わりを話しながら歩く二人。ゲラゲラ笑うたびにすれ違う通行人が怪訝な顔で振り返る。どうみても不自然なカップルなのだから無理もない。


そのまま、ある場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「すごく綺麗!」

 


年相応にはしゃぐ彼女。二人で夜の街を見下ろした。 ここで偶然出会って、声を掛けて、少しだけ心と身体を通わせた。でも彼女にとって何か意味はあったんだろうか。自分のしていることに何か意味はあるんだろうか。

 


「ちゃんとした彼氏できたらここに連れてきていいよ。」


「うん・・・やっぱりこれで最後?」


「こういう関係は心が残るぐらいでバイバイした方が綺麗だよ。」


「でも、、私やっぱりもう一回会いたい。」


「じゃあ、お前がちゃんとやりたい事を見つけて、もっと良い女になれたら会おう。大丈夫絶対できる。ずっと応援してるから。忘れたりしないから。」


「分かったやってみる。だからもう一度会うって約束して。」

 

「約束する。」

 


多分彼女は本当に良い女になって、今日のことや自分のことなんて忘れてしまうだろう。

でもそれでいい。彼女を通して自分が救われている、そんな気がした。

 

 


すぐに終電時間になり、彼女を駅へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「送ってくれてありがとう。」


「うん、元気で。でも無理はするなよ、困ったらちゃんと両親を頼りなさい。それと何もしないからホテル行こうとか言う男はもう信用しないように笑」


「二度と騙されません笑。じゃあね、バイバイ。」

 

 

手を振りながら改札を通る彼女。


愛とか恋とか友情とか、そんなありふれた言葉なんかでは表現できない。確かなのは、あの日あの場所で彼女に声を掛けてよかったということだけ。

だから自分は後もう少し誰かに声を掛け続けるつもり。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 


「あ、そういえば私一つだけ嘘ついてたことがある。」

 

 

一人感傷に浸っていると、改札の向こうで彼女がクルリと振り返った。

いたずらな表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「私本当は処女じゃなかったんだ。パパとはしてないけど高校の時に先輩とやっちゃってた。 騙してごめんね笑笑」

 


「はは、そうだったの・・・とにかく恥ずかしいから大きな声は辞めて汗」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


俺まだ良い人過ぎるかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風に乗って微かに感じる秋の香り、ライトグレイの駅構内、黒っぽい上着姿の人々の中

 

 

 

PINKの天使がそこで確かに笑っていた。