Emotional
「Sさんエモいも知らないんですか?笑」
「知らない、キモいみたいな感じ?」
「そんなこと言ってたらおじさんなのバレますよ。」
「本当におじさんだからしょうがないやん。」
「エモいシチュエーションなんて、多分Sさんの方が私よりたくさん経験してるはずですよ。」
「恋愛感情ってこと?」
「恋愛とか愛ともちょっと違うんですよね、何かこう感情が動かされる感じかな。」
「もうちょっとわかりやすい例えで教えてよ。」
「まあ、そのうち分かるんじゃないですか。笑」
「そういえば、美術館デートした男はどうなったの?」
「全然連絡してないです。あの日はご飯も食べずに解散しましたから。私ってそんなに魅力ないですかね?」
「少なくとも色気はないかな。最初見た時は中学生かと思ったし。」
「私が初めてSさん見たときは、年の割にはカッコいいなって思いましたよ。そういえば私が中学生の時、Sさんはもう立派な社会人ですよね。笑」
「やかましい。」
ー約1年前ー
「あの、合ってます?」
「合ってるよ、久しぶり。返信途絶えがちだったから来ないのかと思ってた。」
「約束はちゃんと守りますよ。ちょっと仕事が忙しくて。」
「そっか、じゃとりあえずあ行こっか。」
これまで何度か繰り返してきたアポ。それでも最初の顔合わせはいつも緊張した。 でも流石に頭が真っ白にはならなくなってきた頃。
「そもそも何歳でしたっけ?私結構いってますよ。多分年上・・・」
「え、そうなの、何歳だっけ?」
「33才です。」
「俺は32才。32歳と33歳ってすごく相性いいらしいよ。よかったね。」
「はは、なんだ年下か。」
こちらが年下と聞いて彼女は少しリラックスした様子。(本当は…)
久しぶりの会話もそこそこに目当ての店へ向かった。
彼女と初めて出会ったのは平日夜のU地下街。
路上で初めて女の子に声を掛けてから約半年。 本格的にストリートナンパを再開してから2ヶ月が経過していた。
圧倒的に地蔵してたけど、いい出会いもあってポツポツとLゲ、連れ出し、アポが組めるようになっていた。でも未だに成果は無し。
成功体験のない中でのストナンは厳しかった。いや、今でも余裕で厳しい。
その日は連れ出しもLゲもできずに疲れて帰ろうとしていた。その時、前方からスーツ姿のOLが歩いてくるのが見えた。
アラサー、身長高め、クールで知性のありそうな雰囲気。でも疲れているのか歩くスピードが遅く表情が硬い。
多分ガンシカされる。でも何が起こるか分からないから、と思い返して何とかUターンした。
「何か疲れてます?」
「え、あ、はい。」
「お姉さん顔が物騒ですよ、何かあったんですか?」
「いや、仕事で疲れてて。」
ぎりぎりオープン。 表情は硬いまま、でも目は笑っているから粘った。
「そんなになるまで働くとか、どんなブラック企業で働いてるんですか?」
「ちゃんとした会社ですよ。てかお兄さん何者?」
「通りすがりのいちサラリーマンです。余りにもお姉さんから負のオーラ出てたから気になって。」
「ふふ、それはお気遣いありがとうございます。」
「せっかくなんで一杯だけ付き合ってあげますよ、俺と飲んだら嫌なことも忘れるって有名なんです、まあ俺酒は飲めませんけど。」
「何なんですかそれ 笑。でも、昨日も飲み会だったから本当に疲れてるし、仕事も忙しくて眠いから今日は無理。」
「30分だけ、奢るから。」
「ごめんなさい、今日は帰る。」
「最近物騒じゃないですか?」
「はい?」
「変なやつも多いし。」
「笑笑、それお兄さんね。」
「だからここは LINE 交換しといて、今度元気な時に俺と飲みに行くってことで今日のところは手を打ちません?」
「笑 それは別にいいですよ。」
意外とあっさり応じてくれた。
人が前後左右から行き交うUの地下街。柱の陰に彼女の足を止めてLINE交換。そのままアポの日を決めた。
「帰りは谷町線?」
「御堂筋線。」
「じゃあ改札まで送る。」
「いや、そういうのは恥ずかしい。ここでいいから。」
「割とクールな見た目なのに、恥ずかしがり屋さんなんだ。」
「違います。笑 じゃあね、今度楽しみにしてます!」
彼女はそう言って少しだけ元気を取り戻したような足取りで人混みに消えて行った。その時はアポれればラッキーぐらいに思っていた。
その後の LINE は彼女からの返信が途絶えがちだったが、アポの日彼女はちゃんと待ち合わせの場所に来てくれた。
「自分だけ飲んでごめん。本当に一滴も飲めないの?」
「本当に飲めない。けど大丈夫、ノンアルでもちゃんと口説くから。」
「何それ。笑」
彼女はお酒が強かった。結構なペースでお酒を空けていくが、表情もテンションもあまり変わらない。
自分はお酒が飲めないから最初からウーロン茶。これは別にいつものこと。
「本当に仕事忙しくて。仕事量の割に働き方改革で残業もできないから、お昼を食べる余裕もないぐらい。」
彼女は某外資系企業で働く、いわいるバリキャリだった。転職も何回かして今の会社に落ち着いたとのこと。
話を向けると仕事や趣味のことは何でも話してくれた。多分彼女は誰かに話したかった様子。それが突然現れた得体の知れない男でも。
「そんなに働いてたら彼氏も寂しがってるでしょ。」
「彼氏はずっといない。もう3年ぐらいいないかも。」
「健全な女子でそれは結構やばい。」
「仕事楽しいし、最近はお酒さえあれば彼氏欲しいとか思わなくなってきた。」
「でも寂しくはならない?」
「別に。もうそういうの面倒くさいし辞めた。でもよく考えたらちょっとやばいよね。笑」
昔遊んでたけど今は遊ぶの辞めた30代。一番苦手なタイプ。経験値は相手の方が上。 かといって全く刺さっていないとも思えないのがもどかしかった。
その後は踏み込んでも上手く交わされて、いい雰囲気にならないまま2時間ぐらいで退店することに。
このまま打診しても多分負ける。でも何もせずに終わるのだけは嫌だった。
店を出たタイタイミングで手を握ってみた。どう考えても唐突な流れの中で。
彼女はちょっと驚いた顔をしてたけど、意外にすんなりと受け入れてくれた。
「タイプだからあの時震えながら声かけた。」
「うん、ありがとう。そういう時声掛けられるのはすごいと思う。普通の人にはできないから。」
当時というか今でも他に手立てを知らないので、ただのストレート打診。
「じゃあ行こっか。」
「え、どこに?」
「決まってるでしょ、全部は言わせんな。」
「今日は無理やから帰る、今度にしよ。」
当たり前のグダ。
その後も粘ったけど今日は絶対しないを崩せない。 どう考えても持って行き方が下手過ぎた。
仕方なく手をつないだまま彼女を駅まで送ることに。
「今日はごめんね。」
「いや、一度決めたら変えないってことは分かってたしいいよ。その代わりに今度な。」
「はいはい。」
「とりあえずキスだけしよ。」
「え、ここで?笑」
半分やけくそ。
「ちょうどエスカレーターあるからぴったりの身長差になるよ。」
「チャラい、恥ずかしい。」
「はいこっち向いて。誰も気にしてないって。むしろ見せつけて行こ。」
エスカレーターを下る間にキス。
彼女は今日初めて本当に恥ずかしがりながら応じてくれた。
「ばか。」
「改札まで送るよ。」
「ここでいいよ。あのね。」
「うん?」
「トサ君のことはいいなって思ってるよ。別に私も付き合わないと抱かれないとか面倒な事は言うつもりもない。でもまだちょっとだけ怖い。だから今日はごめんね。」
「いいって、気にしないで。」
キス負け。
まあ全然そういう雰囲気になってないのでしょうが無い。いい加減女の子の「また次ね」の「次」は無い事ぐらいは学んでいた。
これでストはアポと連れ出し含めて10連敗ぐらい。もうそろそろ諦めようかなという考えが頭をよぎった。
ところが翌日1通のLINE が入った。
「来週の月曜なら空いてる。」
2度目のアポ。
あえて対面の席を選択した。
最初から彼女の目を見て、彼女の知性、仕事に取り組んでいる姿勢、飾らない人柄に惹かれていること、自分が一緒にいるときは誰よりもあなたを理解すると伝えた。
昔は女の子の目を見てろくに話せなかった自分が、この日は彼女の目から視線を逸らさなかった。
そして最後にそんな自分を受け入れて欲しいと伝えた。
「分かってる。いいよ、行こ。」
彼女は半分以上笑っていた。
1時間もせずに店を出る二人。
すぐに手をつないでホテルへ。
目を見つめてキス。
「前も思ったけどトサ君、女の子口説くの下手な割にキスは上手いよね。」
「やかましい。」
服を脱がせると彼女は綺麗な赤い下着を着けていた。
準々即。
ストナンで初めてのゲット。
子犬同士がじゃれ合うように、二人で冗談を言って、ツッコんで、笑いながら。
そういえばSEXってこんなに笑いながらするものだっけ?今までのとはちょっと違うかも。
ベッドで彼女に質問してみた。
「どうして俺に抱かれてくれたの?」
「あんなところで声かけるなんて男らしいと思ったし、ストレートに抱きたいって言ってくれるところもうれしかった。必死さが凄くててちょっと怖かったけど、悪い人じゃ無さそうだからまあいいかなって。笑」
今はそれしか手がないんです。もうちょっと口説く手数増やします。。
「仕事の話も通じてとても楽しかった。ちゃんと話や感覚の合う人じゃないと抱かれたいとは思わないよ。それに私も性欲無いわけじゃないし。」
多分頭のいい彼女は全部気づいてる、知ってて抱かれてくれてた。 何となくそう思った。
「でもね、1回しかできないってどういうこと?」
歳なんです、すいません。次までになんとかします・・・。
帰り道、腕組みしながら彼女を送る。
最初に声を掛けたときのクールな印象はすっかり消えて、完全に気を許している彼女はとても可愛いかった。
そしていつも重くのしかかってくる街が、今日だけは少し祝福してくれてるように感じた。
「改札で見送られるのは好きじゃないからここでいい。」
「もう知ってる。そういえば最初に出会ってLINE交換したのもここだったよな。」
「あ、そうだね。一応運命の場所だ。」
行き交う人がまばらになった終電前のUの地下街。柱の陰に彼女の足を止めて別れのキス。
じゃあねと手を振って帰っていく彼女。一度だけ振り返った彼女の笑顔を見た時、やっと分かった気がした。
ああ、これが君が言ってたエモいってやつか。
彼女とはその後も薄く長く関係は続いた。
彼女は立ち入ったことは何も聞いてこないし言ってこない。
たまに会ってご飯いったり、SEXしたり、しなかったり。
彼女と会うときはいつも少し緊張した。
色々と測られている感じ。
自分がやってることは誰がどう考えても悪。それは分かっているつもり。
でも、もう少しだけストリートナンパを続けてみたい。
そう思えたEmotionalな夜だった。