ありふれた話とその先のこと

40代既婚者のストリートナンパ

8月の風景

 

 


「え、ほんとうですか?行きます。誘ってもらえて嬉しいです。」

 

「食いつき過ぎやろ笑、みんなでトリキ行くだけやで。」

 

「鳥貴族すごく好きなんです。」


「それはかえってあざとい。」

 

「誕生日ディナーもトリキでいいぐらいです!」

 

「でもそれまでにちゃんとした彼氏つくらないとトリキすら行けへんやん。」

 

「もし出来なかったらSさんが連れて行ってくださいね。」

 

「はいはい、ところで誕生日はいつ?」


「8月です。」

 

 

 

 


仕事帰り、君を誘って初めてみんなで飲みに行ったのはただの鳥貴族。 小さいくせによく食べてよく飲んで、それに明るくてよく笑う君はすぐに会話の中心になっていた。

 


輪の少し外にいる自分。 この頃は本当に何でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


「いろいろ行きましたけど、結局トリキは二人で行けませんでしたね。」

 


晴れてるのに星が全然見えない夜。 未来のない二人の立ち話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏。

 


普段なら街が浮つく季節。ただし暑い。自分は暑くて汗だらけになる夏が一番嫌い。海やプールでナンパするタイプでもないし。

 

子どものころから盆踊りに行っても輪に加わらず、1人でかき氷を食べているタイプだった。

 


今年はウイルス騒ぎにより、夏といえど人通りはいつもよりも少なく、街ゆく人も自分の用事を済ませると足早に帰っていく、暇で予定のない人はあまりいない。

 


そんな中、一晩だけ一人になれる機会が訪れる。 半年に1回あるかないか。

 


すぐに女の子何人かに連絡をした。 こんなチャンスは気の合う子と一晩中ゆっくり過ごすに限る。

 

 

 

 


「シティホテルでお泊まりデートしよ🎵」

 

 

 

 

 


「ごめんその日は空いてない。」

 

「次の日も仕事だから泊まりは無理、他のセフレちゃんと楽しんできて。」

 

「いやや。」

 

 

 

 

 


・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕方なく繁華街近くのビジネスホテルを押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日。

 


朝から緊張。

普段は仕事中は他のことは考えないようにしているけど、この日はさすがに胃が重い。

 

自分なんてまだ初心者。いい歳してるけど駆け出しのひよっこ。多分惨敗。

 

大体いい歳したおじさんが、真夏に汗だくになりながら、一晩中街を這いずり回るとかどうかしてる。


でも今更辞めるわけにもいかない。ホテルも予約してるし。

 

Uに向かう途中でプリンを4つ買った。ほとんどお守りの代わり。使えたらラッキーぐらいの感覚。

 


19:00

ホテルにチェックイン。

部屋の確認を行い、シャワーを浴びて出撃の準備をする。 プリンは冷蔵庫の中へ。

 

緊張感とほんのわずかの高揚感で少し目眩がした。

 

 

20:00
街に降り立つ。背筋を伸ばし、頬を叩いた。

 


“自分は出張中のサラリーマン、今日は最後の大阪の夜なので、ついつい素敵な貴方に声をかけてしまった。だからちょっとだけ思い出づくりを手伝ってほしい。”

 

 

 

1人目は信号待ちのOLさんに声掛け、安定のガンシカ。



一カ所に止まらず、街を回遊しながら声を掛けていく。 地下がメインとはいえすぐに汗が噴き出してくる。やっぱり8月は好きになれない。

 


反応は良くなかった。20 人ぐらい声を掛けても何も起きない。

でも不思議とこの日は心が折れる気配がなかった。今日は何かが起きる。理由のない予感のようなものがあった。

 

 


21:30 頃

一人の女の子を見つけた。

大きな荷物を抱えた派手な見た目の子で、何かを探している雰囲気。心なしか元気が無いように思える。

 


「こんばんは、何か探してます?」

 


ひねりのない普通の声掛け。本当に困っているなら助けてあげたいと思ったからかも。

 


「え、いや、あの。ご飯何食べようかなと思って。」


「そうなんだ、一緒ですね。俺も出張でこっちきてるんだけど、さっきから何食べようか店探して迷子になってたところ。」


「そうなんですね、東京から来てるんですけど、大阪はよく分からなくて。私も迷子してました。」

 

「迷子同士!笑 もうこれは一緒にご飯食べるしかないね!ごちそうするから一緒に行こ。」

 

「え、いいんですか?私一人ですっごく不安で寂しかったんです。よろしくお願いします!」

 


驚くほど反応よく連れ出し。 ようやく今日のスタート。

 

まだ余裕のある時間帯だからじっくり行こう。この時はそう思ってしまった。

 

 

 


「これ、このカバン何て書いてあるか読めます?」

 

「え、何かな・・・筆記体で読めない。」

 

「○○っていうバンドですよ。知りません?」

 

「あー知ってる知ってる。こっちでライブやってたんだ。」

 

 


とりあえずホテルの方向へ向かいながら二人の状況を説明しあう。彼女は関東で大学に通う大学生。大阪には好きなバンドのライブのために昨日から一人で来ていた。見た目は結構派手なのだが、素直な性格とよく笑う笑顔に好感が持てた。

 


「大阪公演が全部で3回あって、全部申し込んだらコロナのせいでまさか全部当たっちゃっ て。」


「キャンセルはできなかったの?」

 

「せっかくだから全部行きました。選曲も合間のトークも全部一緒でしたけど 笑」

 


時間は早めでもあり、お腹がすいているとのことだったのでホテル近くの居酒屋に入った。

 

店内では乾杯して適当に選んだ食べ物を食べながら、お互いの近況などを話した。

 

彼女は実家暮らしで、飲食店でバイトをしながらそのバンドを追いかけているとのこと。 彼氏はおらず、そもそも男性経験がないことを聞き出した。


とにかく反応のいい子で話していて楽しかった。彼女も一人旅行の最中で寂しかったのか、過去の 恋愛のことや家族のこと趣味のことを堰を切ったように話してくれた。

 


「実は昨日からナンパされるかなってちょっと期待してたんです。でも全然声掛けられなく て。」


「多分大阪の男は目が腐ってるんだね。」


「ふふ。だから正直声掛けられて嬉しかったです。」


「じゃあ、俺ラッキー。」


「はい、かっこいい人に声掛けられて嬉しかったです。」

 

 

 

 

「でも実は 23:30 のバスに乗って東京に帰らないといけないんです。昨日だったらよかったのに。」

 

 

 

 


あー、なんて初歩的ミス。

 

どうしてこの後の予定をもっと早くに聞かなかったのか。 バス停まで送ることを考えると残り45 分程しか時間がない。

 

 


でもここから何とかするのがナンパ。
普通の楽しい思い出では終わらせたら意味がない。


彼女はちゃんと期待していて、ちょっと背中を押して欲しいだけ。だから後は小さなきっかけだけ与えてあげればいいはず。

 


「そっか。じゃあ最後に二人でプリン食べて思い出作ろ。お土産でもらったプリンがホテル にあるんだけど、すっごくおいしいらしいよ。すぐそこだし。」


「えー、食べたい食べたい!いいんですか?」

 


そう言うと大急ぎで料理とお酒を掻き込む彼女。可愛らし過ぎて思わず笑ってしまった。

 

 

 


店を出て自然と手を握り合う二人。 周囲の目は全く気にならない。

 

そのまま手をつないでホテルの部屋へ。

 

 

 

 


「このプリン本当においしいです!」

 

 


部屋に入ってプリンを嬉しそうに、そしてちょっと急いで食べる彼女。

 

ちゃんと食べ終わるまで待ってキスをした。 彼女は全く抵抗をしなかった。

 

 

 

 

 


「絶対にバスの時間には間に合わせるから、少しの間だけ俺に任せて。」


「はい、よろしくお願いします。綺麗な下着着ててよかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


本当に時間がなくて初めてだけをもらった即。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


多分彼女は一人旅の魔法にかかっていただけ。 二日間遠い地で誰とも話さずにいたから、不安だったから、寂しかったから誰かに話しを聞いて欲しかっただけ。そしてこの夏にちょっとだけ大人になりたかったんだと思う。

 

 

そんなことは分かってた。でも今自分の腕の中にいる彼女は天使みたいな顔してこちらを見上げていた。

 


「本当は明日まで一緒に居たかったけど、お母さんが待ってるから帰るね。ごめんなさい。」

 

「気にしないで。それより最後の大切な時間を俺にくれてありがとう。」

 

 

 

 

 

 


急いで服を着て帰る準備をした。


ホテル前でタクシー捕まえて二人で乗り込む。

 

行き先と時間を告げると運転手さんは、大丈夫です時間ギリギリですけど間に合いますよと言ってくれた。よかった。これで遅れたら格好がつかない。

 

 


タクシーの中でずっと手を繋いだまま大阪での思い出を話す彼女。本当に楽しそうだった。

 

自分はよくわからないものが込み上げてきて、それが溢れてしまいそうだった。

そして今見ている8月の風景を一生忘れることはないだろうと思った。

 

 

 


バス停に着くとバスはもう準備していて、彼女が一番最後のお客さんだった。彼女の大きな荷物を抱えて一緒に走った。

 

 

 

 

 

「ありがとう。短い時間だったけど最後に最高の思い出ができた。」

 

「うん、俺も。」


「東京来るときは連絡してね。私返信遅いかもだけど。」

 

「はは、行くときは一応連絡する。元気でな!」

 


彼女は最後まで満面の笑顔で手を振っていた。女の子は強い。それとも自分が弱いだけなんだろうか。

 

 

 

 


すぐに出発時刻。

 

バスの窓は分厚い遮光カーテンがかかっていて中は見えなかった。

 

 

 


「カーテンが開けられなくて、ごめんなさい」

 

 


さっき交換した LINE が入る。

 


「右側?左側?」


「ひだりがわ!」

 

「わかった、見えないけど見送る」

 

「どうにかして見れるかな?」

 

「無理しなくていいよ」

 

「ごめんね・・・気持ちで見るね!」

 

「伝わってるから大丈夫」

 

 

 


発車する東京行きのバス。手を振り続けるおじさん。大嫌いだった夏が好きになりかけていた。

 

 

 


「バイバイ、今日は一緒にいれなくてごめんね、また!」

 

 

 

 

 

 

 


ありがとう。

 

あの時、声を掛けて良かった。

 

 

 

 

 

 

 

ナンパ始めたころ読んだブログみたいな出来事が、自分に起きるなんて信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が居なくなった街は、急に色あせたように感じた。 出会ったばかりの女の子とたった2時間だけ過ごした所とは別のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも今夜はまだこれで終わりじゃない、限界まで行く。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人街の中心に向かって歩く。

 

 

 


自分の頬を叩いて気合いを入れ直し、また声掛けを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「終電あるんで帰ります」

 

「大丈夫でーす」  

 

「何でついて行かないといけないんですか?」

 

「・・・(ガンシカ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


やっぱりストナンは甘くない。

 


でもこの日はUで一番声を掛けたナンパ師だったと思う。

 

 


終電後、歩いて帰ろうとしていた OL さんに声掛け。

 

マスク の上から見える目がとても可愛いかった。

 


「一杯だけ飲もうよ」

 

「あっちならまだ店開いてるよ」

 

「その前にちょっとだけコンビニ寄っていい?」

 

「ほろ酔い好き?」

 

「やっぱりほろ酔いデートにしよ」

 

「暑いし俺のホテルで飲もう、プリンもあるし」

 


何やかんや言って出会って 30 分でホテルへ。

 

 

 

 

でもそこからグダグダが続いて、今夜2個目のプリンを食べて、押して引いてまたコンビニ行って、最後は何とか泥臭く即。



 

 

 


事後、疲れて寝息を立てる女の子の横で自分は興奮と疲労で全然寝れなかった。 

 

 


朝、今日も仕事という彼女をタクシーまで送り届けた。

 

 


「何か明るい割に目が赤くて気になったから。じゃあね、楽しかったよ。」

 

 


そう言い残すと彼女はタクシーに乗り込んだ。


そういえば彼女の連絡先を聞いていない。でもタクシーの窓から手を振っている彼女はちゃんと笑ってくれてるから、多分これで良かったんだと思う。

 

 

 


そのまま人の姿もまばらな早朝の街を散歩。陽が昇る前なので、まだそこまで暑くはない。

 

蝉の声も聞こえないし、朝顔も咲いていない8月のUの真ん中。

 

疲労感はある、でもこの爽快感と達成感は何なんだろう。やってる事は馬鹿でクズで最低なのに。

 

いい歳してホント何やってんだか。

 

 

 

 

 


腹減ったしトリキ食べたいなあ。朝やから開いてへんけど。そう言えばもう8月やぞ。

 

 

 

 

 

 


空を見上げると、雲一つ無い青が広がっていた。